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自由を満喫する40代バツイツ男

嫁に逃げられて死ぬほど辛かったんだけど、今は回復して、こうなったら好きにイキタロウ

考える愚か者

今になって気づくことばかり。

 

失って初めてわかる。

 

それでいいんじゃないか。

 

はじめっから計算づくしの聡い奴もいるだろうが。

 

それはそれで闇を抱えちまうのが人間ってもんだ。

 

村西とおる監督が言っていた言葉なんだけど、挫折なく、もしうまくいっていたらどうしようもなくイケすかないものすごい嫌な人間になっていたっていう意見は、すげーわかる。

 

それでも、今だったら元嫁にすげー優しく振舞えるっていうセンチメンタリズムは永遠。

 

これが今だから達した心境だなんて、俺は成長しただなんて自分を慰めることなんてできない。ただ、そこにはただただ後悔があり、彼女がいない寂しさだけがある。

 

人生は一瞬一瞬が真剣勝負なんだ。決してやり直しがきかない。ちょっとのミスもリカバーできない。そういうものなのだ。

 

 

夢は嘘をつかないんだな

また夢を観てしまった。

 

結婚当初、実家で親と同居、二世帯住宅で暮らしていたんだけど、そんときの状況が舞台。

 

オカンは超ワガママで自分の思い通りに物事を運びたいタイプ。そんで、それに振り回される嫁という構図があったんだけど、そんときの状況そのままが、眠りの中よみがえった。

 

俺は全面的に嫁の味方をしていた。嫁がつらい気持ちも慮っている。二人歩きながら、彼女を支えている。そして、俺は、俺たちは血はつながっていないからこそ、いつでも縁が切れてしまう、切れやすいリスクを抱えていることを熱く語っていた。彼女もその思いをありがたく受け止めてくれいた。そんなシーン。そこで、残酷に現実に引き戻された。夜勤、仮眠を終え現実に引き戻された。

 

まだ、未練あるんだな。こういう夢をみると、もう、切なさと寂しさがぶり返してしまう。

 

ただ元嫁、彼女に話しを聞いてほしい。それだけ。だが、それは二度とかなわない。

時間

時間だね。確かに、時薬は確実に効いてくる。

 

離別の辛さは、時間により薄くなっていく。

 

一人の寂しさは変わらないが。

 

だが、自由を謳歌してもいる。

 

人間、全ては手に入れられない。

 

覚悟ということなんだろう、生きるということは。

 

時間、今、明日。

 

忘れていく。

 

今でもあの日に戻りたい。そういう感傷も、そのうち消えていく。

 

ただ忘れていくだけ。

 

そして、目の前の今を生きる。それだけのこと

依存

世の中には孤独をものともせず、むしろそれを積極的に楽しむ人たちもいる。そういう人に憧れる。俺はあまりにも長い間、パートナーに精神的依存をしており、一人で行動する訓練を怠っていたので、精神が脆弱となってしまっている。出会う前は、若かったというのもあるけど、海外でもどこでも一人で出かけるぐらいアクティブであったのだが。17年間の絶対的安心。これに寄りかかりすぎた。夫婦に絶対はない、親子とは違う。世の中の誰もが知っていることなのだろうけど、俺は結婚に対する考えが甘かった。妻に対する感謝と、魅力的でい続ける努力。妻は母親じゃないんだから。

月曜の朝

早めに目が覚めたので、ここぞとばかりに二度寝に浸った。そうしたら、

 

また観てしまった。

 

再会、そしてひたすら抱きしめ、良かった、ほんとに良かった。こうしてまた元に戻れて。俺がどんなに寂しく辛く会いたかったかをひたすら語っている。彼女も、それを笑いながら受け入れてくれている。場所は不明だが、どこか懐かしさを感じさせる場所だった。

 

目が覚める。キツイ。これが一番堪える。なんともやるせない気持ちで出勤。心の中は自暴自棄。もうどうなってもいいという心境。

 

仕事後の解放感と酒で今は心は軽い。以前よりは、幻想から現実へ引き戻された時の精神ダメージからの回復は早くなっている。

 

夢の中だけでも会えたから良かったのだろうか?また、過去にひきずられる。だって確かに夢の中ではすごい幸せだったから。

絶望を捨てる

離婚に苦しむ人へ、というプロのグリーフカウンセラーが主催しているブログにお世話になっている。

 

その中で、希望と絶望を分離する方法ということで、絶望、希望それぞれ50項目を目指して書き出してみた。

 

50個には及ばなかったが、それぞれ書き出した。そして、絶望を書いた紙のほうだけゴミ箱に捨てた。なんだろう、それ以来、急に心が軽くなったように思える。希望のほうは今も何度も反芻している。

 

人間には絶望と希望の二つの価値観しか存在しない。これを実感する。

 

どちらを選ぶか、それは誰でもない、自分次第。

蘇るのは

二人暮らしたアパートの間取り、室内。ものすごい鮮明に蘇り、ひとりよがりのタイムリープに浸ってしまう。客観的には、無駄な行為であるとはわかっているんだけど。

 

人間にとって住というのは、最も強い精神的影響を与えるのでないかな。改めてそう思う。酒に酔って帰ると、どうしても、あのアパートに帰れば、玄関に灯がついていて彼女がおかえり、と言ってくれるような気がしてならない。